#20 都市を詩的に考える
『詩的都市 POETIC CITY』出版に寄せて
こんにちは、お久しぶりです。
2025年5月、まちと暮らしについての6人の詩歌、散文、写真を編んだリトルプレス『詩的都市 POETIC CITY』を出版しました。ここ数年ぐるぐると考えていたことをもとに、友人たちの力を借りて昨年に制作を開始し、本という形に落とし込むことができました。
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『詩的都市 POETIC CITY』は、詩を通じてままならない他者の視点に立つことを試みる取組みです。寄稿者の方々には、自分の考えをとりとめもなく綴った「まえがきのまえがき」を読んでもらい(曖昧で回りくどいオーダーを汲み取ってくれて感謝しかありません)、それぞれ関係のあるまちについての詩歌や散文を書いてもらいました。それら一つ一つに対して自分の写真で応答することで本書が成り立っています(ぼく自身も、移動に関する詩と一連の写真を収めています)。詩的都市といいながら詩という形式にこだわらなかったのは、詩が単に情緒的な言語表現であるということ以上に、詩の持つ他者性 ─徹底して私のものではなく、しかし自分自身に共鳴する言葉でもあるということ─ に目を向けたかったからです。この本の「まえがき」にも書いたように、まちとは他者の集まりだから、都市における公共性とは、常に他者の存在を前提としてふるまうことに他ならないと思っています。
ここでは、公開している紹介文には書ききれなかった寄稿者のみなさんの紹介と、寄稿してもらった詩歌や文章についての感想を書いてみたいと思います。
山本麻央さん
まおさん。学生時代のサークルの先輩で、サークルでのニックネームも素敵だけど、ここでは気分的にまおさんで。一緒に何かをつくりたいというぼくの夢を叶えてくれてありがとうございます。まおさんは、『幽体』という詩を寄せてくれました。この詩を読むと、自分がよく見る夢のことを思い出します。いつもと目線の高さは同じだけど、足は地から浮いていて、滑るように部屋を出て街を彷徨う。それをどこかで俯瞰している自分がいる。まちに居場所はない、家という巣だけが安心できる場所。それなのに、時にやっぱり外へ出たくなる気持ちが生まれるのはなぜだろう。そんなことを思う詩です。
髙木里美さん
さとみさん。実はまだ直接会ったことがないのに、なぜかよく似た景色をいつも見ている気がして、声をかけたいと思っていました。ランドスケープデザイナーである前に、ひとりの生活者としての繊細で豊かな感覚を持っていて、それがきっと彼女の生み出すものにも表れているんだろうなと想像します。今回寄せてもらった『赤松が眠る時』は、多治見の穴窯を舞台に、さとみさんの視点で、人間と自然それぞれの時間の流れと循環を捉えた静かなエッセイと短歌です。扉にも使用している、この本を象徴するような木々の写真は、さとみさんのエッセイの印象的な一場面からイメージを膨らませて選びました。
椋本湧也さん
むっくん。むっくんの作る本、紡ぐ言葉、身体や環境との向き合い方、いろいろなものの影響を受けてこの本はできあがりました。むっくんとの最初の出会いは、宮沢賢治の詩をについてDMのやりとりをしたことだったと記憶しています。そして今回、「もしも賢治が現代の都市を歩いていたら、どんな詩が生まれていただろう」という問いから始まる、『偶然の音楽』という文章を寄せてくれました。読後、京都の断片的な都市の情景や夢想が心にいつまでも残ります。その風景を見たのは、椋本湧也なのか、宮沢賢治なのか、それとも私? 都市と詩、歩行と詩作の分かちがたい結びつきを思い起こさせてくれる文章です。
杉田真理子さん
まりこさん。初めてfor Citiesに出会ったとき、初めてアーバニストという言葉を知ったとき、自分の居場所はここにあったんだと思い、いつもその背中を追いかけています。そんなまりこさんは、『Where strangers meet』という題で、台湾と京都、現代と近代を行き来するエッセイを英語と日本語で寄せてくれました。視覚だけでなく、手触りや香りがふっと自分を別の場所へ連れていく感覚は、誰しも体験したことがあると思います。その橋渡しの役割を担うのは、やっぱり詩だと思う。まりこさんの文章を読んで初めて「宜蘭クレオール」という言語の存在を知りました。原住民族の「近代化」を推し進めた現実から目を背けることはできませんが、日本語によく似た言語が遠く離れた地で使われている不思議さを感じます。
水野葵以さん
葵以さんであり、ともおさん。初めてつくったZINE『あいもかわらず』に続き、また一緒に制作に取り組むことができて本当に嬉しく思います。ともおさんしか持ち得ない視点があり、ちょうどいい塩梅の遊びの要素を含みながら軽やかに紙面に表現されています。勤務先の街に、あえて休日に行ってみるという行動も面白いです。他者とのかかわり以前に、まず自分の中にいくつもの感性が共存していることに気づかされます。初稿を読んだとき、なんだかもうニヤニヤしてしまって、「ずるい」って呟いた記憶がある。ずるいなあ。そんなエッセイと短歌の一編『義務の街 恣意の街』です。ぜひ本を手にとってこの感覚を味わってほしいなと思います。
手紙のような紹介文になってしまいました。本を読んでほしいというよりは、素敵な友人たちをみんなに紹介したいという気持ちに近いです。暮らしにままならなさを感じている人、どうしようもなく詩に惹かれる人、都市をいつもと違う角度から考えたい人、そんな人にぜひこの本を手に取っていただけたら幸いです。









